Friday, April 25, 2008

 

ゲリラ作戦

ゲリラ作戦

家の敷地でカタマランなど造っているとそれとなく誰かが見ていて隙を見て泥棒に入ってくる。
ヨットの材料を盗まれたため先週はこれに対しての防御を考えて実行に移して一週間を費やした。

盗られた材料が返ってくるわけではないのでもうこれ以上盗られないようにしたい。別に泥棒を捕まえようと言う気持ちは無いので又盗みに来ることを止めさす作戦が必要だと考えたのです。
早速セキュりティーライトを4箇所に取り付ける。一つは入り口のゲートから上がってくる道に向けてサーチライト風のセキュりティーライトを取り付ける。

ニュージーランドは何処も牧場に開拓されており草の生えた土地が多く緑で、一見自然が多いように見えても本当の自然はナショナルパークまで行かなければ得られ無い。
我々はせっかくニュージーランドに住むのだから森の中で自然を満喫した生活がしたいと言った気持ちがある。
しかし実際に森の中に住むには相当の不便や不審者の侵入に対処しなければいけなく、とても日本の生活環境のなかで育った我々夫婦ではきつすぎるので気持ちだけでも森に住んでいるように思える生活を考えて、牧場地の一角を買い取り、丘の中腹に家を建てここに自然の木を植えてミニの森を造り生活をしている。

この森らしくなったことが泥棒には都合の良い身を隠す場所になったような気がする。そこでこの森の中に何箇所かセキュリティーベルを仕掛けたのです。
丁度、湖のトローリングに使っていたシンキングラインが有ったのでこれを木の根元から木の根元に張り渡し、足を引っ掛けたらベルがけたたましくなるようにする。
このワナを敷地内に5箇所ぐらい仕掛け、用心のため家の中にも5箇所ぐらいベルを取り付ける。

ダブルガレージの前には車を二台ガレージドアにピッタリと付けガレージのドアーが開かないようにして置く。このガレージはヨットのパーツ工場となっておりここに置いてあったレジンが盗まれたのだから、ガレージを離れる時は今までと違い鍵を掛けセキュリティーのベルのスイッチを入れておく。

ベルの数が足らないのでダミーの釣り糸をあちらこちらに張っておく。
泥棒との知恵比べであり少しアドレナリンが出て刺激的でもある。

初日に泥棒が掛かるかな~と僅かな期待でいると突然 ケタタマシイ ベルが鳴る。早速掛かったと見ると女房が自分で足を引っ掛けベルを鳴らしてしまった。
女房曰く、『まったく仕掛けの糸が見えなかった』。この釣り糸は鉛が塗りつけてあるグレーの色で魚から見えにくく作ってあるため、人間の目でもよく見ないと分らないのである。

次に電力会社のメーターを調べる人が来た。2ヶ月に一回調べに来るためまさか今日来るとは思っていなかった。ところが今度はベルが鳴らない。
この若い電気屋は大またで坂道を駆け上がって行くため、仕掛けを飛び越えて行ったのだ。帰り際にこの電気屋を坂下で捕まえてここに仕掛けがあるから気をつけて下さいと教える。

これでは未だ仕掛けが甘いともう一工夫する。この仕掛けのラインの少し上に良く目に付く黄色のロープを張り泥棒の目がこの黄色いロープに行き足元の仕掛けに気がつかないようにと心理作戦で仕掛ける。
今度はどうだ、と思っていると 又けたたましい ベルの音がする。今度は泥棒が本当に掛かったのだと 恐る恐る覗いてみると人の気配が無い。

泥棒と鉢合わせになって怪我でもしたら損なので周りを確かめながら仕掛けのワナを調べるが、足を引っ掛けてベルが鳴った様子は無く少しずれてベルが鳴った様子であった。
これは風が吹いていたから草木が揺れ仕掛けの線をゆすり外れてベルが鳴り出したようである。

仕掛けを元に戻しておく。
用事で町に出掛けた日、帰ってきて仕掛けを調べるとベルのスイッチがOFFになっているではないか?
また仕掛けが風で外れた様子がある。ベルが鳴り続けあまりに音がうるさいので誰かが?止めた様子であった。「もう少し簡単に外れないように仕掛けを考えねば」と思う。

こんな事を繰り返して一週間が経ってしまったように思う。
泥棒も一回成功すると何度も「勝手知ったる他人の家」のため又やって来るという。とにかく用心しなければいけない。
災害は忘れた頃にやってくるものである。

泥棒がここは用心深いと諦めるように仕向ける事が大事だと考えている。
我々にはたいした金目の物は何も無いと自信を持っていたのだが、僅かなものでも欲しい奴がいる。自分で稼いで買えば良いのにと思うのだがどうにもならない。

そうそう思い出したのだが、もし南太平洋をセーリングする事があったら、南太平洋では先進国では泥棒と呼ぶことでも泥棒とは呼ばない?事を覚えて置いてください。
南太平洋では相互扶助が一般的ですので「あんたのものは私の物」と言った気持ちで断り無しで持って帰る。
地元民をヨットに招待するとヨット内の物を平気で持って帰ろうとする。「おいおいそれは私の物だ」と言わないと黙って持って帰る。

反対に他人の家に招待されても一緒に行った地元民が言うには『欲しい物があったらもらって行け』と平気で人の物をくれる。これは泥棒なのか?贈物なのか?
貴方はどのように考えますか?

Sunday, April 13, 2008

 

長く厳しい曲がりくねった道


長く厳しい曲がりくねった道

ロング、アンド、ワインディング、ロードと歌のようにカタマラン造りは長く厳しく、楽しい道です。
今やっとデッキの一部が出来た状態で又雨の日々がやってきました。晴れの日が続くと忙しくて大変ですが、雨になると途端に暇になり何をすれば良いのか退職したサラリーマンのように退屈になります。

ここまでくれば誰が見てもカタマランらしくなり、雨も防げるようになって来ました。
カタマランを造り始めた頃は春の風にテント小屋の工場を何度も潰されたり、やっと出来上がりそうになった船体を嵐に倒されたりと色々問題がありましたが何とか今はヨットに見えてきたのです。

ここで又小さな事件が起きました。ガレージに置いてあったカタマランの材料であるレジンが消えてしまったのです。
船が出来上がってくると野外工場のため外部からなんとなくヨットを造っていることが見えてしまう。周りを立ち木や風除けのネットで隠してはいるがそれでも少しは見えてしまう。

我々には盗られるものはないと安心していましたが高価なヨット材料のレジンがありました。盗まれたものは仕方が無いと諦めこれ以上盗られないことに努力しなければと考えています。
先ずは高価なものは持たない。
これについては困ったもので、レジンなど一般の人には使いようが無いと思っていたのに盗まれた。材料が無いとカタマランを造ってゆくことが出来ないのでこれからも買い続けなければいけない。

少しづつ買うことにしよう。早速セキュリティーライトを買ってきたので取り付けようと思ったら雨で出来ない。ニュージーランドはこれから冬に向かうので暗い時間が多くなる。
少しでも泥棒が入りにくいような手段を考えなければいけない。

最初30年以上前にニュージーランドに訪れた頃は、交通事故が新聞の一面記事であったほどノンビリと安全な平和な国であった。
この様な国が気に入っていたのでセミリタイヤとして住み着いた20年前でもまだゆったりとしていて、各家庭で作った物を持ち寄り和気合い合いとした雰囲気があった。
犯罪も少なく、人々も優しかった。

しかし最近のニュージーランドは世界第二位の犯罪率を誇り?毎週のように人が殺されている。泥棒も一般的である。アメリカのように『殺されなくて良かった』と言われるような国になってきたようだ。

国民が少ないこの国では犯罪者を刑務所で留置しておく為の経費も国民負担が大きく、やたら犯罪者を殺す事も出来ず直ぐに釈放してしまう。これが一番の経費節減策らしい。
殺人犯でも直ぐに釈放である。犯罪者が社会に戻っても孤立してどうにもなら無いので又人を殺して刑務所に戻って行く。このぐらいやるともう少し刑務所でノンビリと暮らせるらしい。刑務所での犯罪者一人当たりの一日の経費は1万5千円ぐらいだとテレビで言っていた。

こそ泥などにはポリスが来ない。ポリスも人数が少なくよほどの事件で無いとパトカーが来ない。
この間も泥棒を見つけた市民が逃げる車にショットガンをぶっ放し捕まえた事件があり、泥棒が捕まったのだがショットガンを撃った人が罪を負ってしまった。
ポリスが簡単に来ないので市民が自衛策としてショットガンで撃ったのでしょう。

泥棒が助かり、摑まえた人が罰せられる。法律とはこんなものなのである。
別の話しですが、泥棒が盗みに入った家の放し飼いの犬にかまれたので裁判となり、泥棒が勝訴、犬の飼い主は罪となった。(泥棒にも職業の自由がある?)
内のマリーナでは、泥棒対策として警備員を雇っているが、この警備員が泥棒をしていた。
捕まった時、盗んだ品物を返して首になったが、この泥棒の言い草は、今までの給料を払ってくれ、でした。

何故この様な国になってしまったのか?と考えると、多分世界の投資が多量にこの国に入り、国民が簡単にこの金を借り個人の投資に使い、あたかも豊かになったかのように錯覚しているからである。
アメリカのサブプライム問題と同じである。
人々が金に目がくらみ誰も彼も金を稼ぐ事に一生懸命となり自分達の持っていた良いところを無くしてゆく様に私は思う。

私の個人的な立場としては、日本のラットレースに嫌気がさしこの国に移民してきたのだが、移民してきたこの国も又世界の何処の国とも同じ様なラットレースが烈しくなってきたようだ。
カタマランなど造っている私がこんな事を言うのはおかしいかもしれないが、何処まで豊かになれば人は満足なのだろう?。
バイオフューエルは使うのをやめましょう。世界には最低限の食事も食べられない人が多くいます。そんな食料を燃料に変えてまで車を走らす事は必要ないと思いませんか?私はどうしても燃料がなくなり歩く事になれば健康に良いと喜んでいます。

しかしこの様なニュージーランドから出てゆくか?と考えた時、未だこれだけのスペースを占有できる国は簡単には見つける事は出来ないと思うし、暮らしのスタンダードも満足しているので多分もう少しここで暮らしてゆくだろうと考える。
年老いてあまり不衛生な国では生活が出来ないと思う。遊びに行くのは何処の国でも楽しいと思うのだが生活すると考えると未だニュージーランドは良い国の一つではないか?

この国で安全に平和に暮らす対策を考えねばならない。

Friday, April 04, 2008

 

綺麗な朝焼け



綺麗な朝焼け

ニュージーランドは明日からウインタータイムが始まる。

少しずつ日が短くなってきたのだ。我々のヨット造りも働く時間が短くなり、気温も低くなり始めてきたのでレジンを使う仕事に気を遣う。
雨も多くなってきた。私の腎臓も少し悪くなってきているようだ。

体調は相変らず何の自覚症状も感じないのだが、血液検査の結果クリアチニンが多いらしい。新しいドックが言うには血圧降下剤を飲まなくてはいけないと又薬を飲む事になった。
しかし悪い事ばかりではなく、このドックが言うには、『酒は、飲んでもよい』と言うのだ。これ幸いに自家製のワインなど飲みだすと薬を飲んでも血圧が下がらない。
腎臓の病状を計算すると10年の予定が後3年で腎臓移植か?人工透析をしなくてはならないと出る。「勝負」、
しかし先の事はわからないのが人生である。おまけに経済も悪くなってきた。こんな時でもカタマランを造っていられる私は幸せと言うものであろう。

こんな事でカタマラン造りもスローダウンしながらもゆっくり進んでいる。今やっと屋根が出来上がったところですが未だ完全な状態ではないのです。
屋根が出来たら自家製ワインで完成祝いをやろうと言っていたのだが、野外工場の為と雨がぱらつく日が多く自家製のワインの方が底をつきそうになってきたのでとにかく早めの完成祝いをすることにしたのです。

自家製のカタマランに自家製のワイン。最高です。
本物のワインを飲むと買ってきたワインがまずくて飲めない。自家製ワインを造る前に買ってきた市販のワインは未だキッチンの奥に飲む人も無くほこりをかぶっている。
一番絞りのワインを飲み干した今、二番絞りのワインを造っています。ワインの絞りかすに茶砂糖を(白砂糖は健康に悪い)お湯に溶かし水で薄め発酵さすだけ。

これでも結構飲める。味は少し市販のワインの様な味で香りが少し弱くなる。いつも買う市販の安モンのワインよりはまだうまい。多分三番絞りぐらいになると市販の安モンの味になるのだろう。
たまには医者もいい事を言うものだ。おかげで毎日酒が飲める。「毒を喰らわば皿まで」と思い、ありがたく酒を飲む。

ところで、カタマラン造りの方は今度はデッキを作り出しているのです。この秋の間に何とか冬の雨を止めることが出来るようにデッキを完成したいと思っている。
デッキが出来るとベットルームを造り、エンジンルームを造り、ラダーを造ってゆく。順番に後部の方を造ってゆくのだ。

合間を見てフェアーリングをしなければいけない。これは造船したヨットのお化粧のようなものです。
出来上がった場所にフィラーを塗りつけ平らにして磨き上げる。今のところカタマランは「あばたもエクボ」と言ったところですが、このフェアーリングが終わると「~~~~~」となり、その後ペイントをすると美人に見える?のです。要するに一般の人がヨットを見るとき、性能の事よりどのぐらい綺麗な線が出てどのぐらいピカピカしているか、
これが素晴らしいヨットだと思い込んでしまうのでこの大変なフェアーリングをするのです。

ヨットの性能とは関係ありません。あえて言うならば重たくなり労働時間が増えるだけです。我々はこの仕事をこの冬の間中やろうと思っています。
これが終わると次の夏にはペイント作業を計画しています。
うまく計画通り行けばいいのだが、問題は私の体がどうなるか?と、巷の経済はどうか?、天候はどうか?など色々な条件が絡んできます。

子どもがプラモデルを作って喜んでいるようなものですが、私のプラモデルはデザインから、型まで自分で造りプラモデル作りを楽しんでいるのです。

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