Sunday, October 28, 2007

 

犬が釣りをする


犬が釣りをする

何時もカタマラン造りの話ばかりに成ってしまうので今日は釣りの話しをして見ましょう。
ニュージーランドは釣り天国ですので日本に居る時も釣りに来た事があり、この国に住む動機のひとつは釣り天国と言う事だったのです。

海釣りも沢山するのですがやはり鱒釣りが一番面白く、特に川のフライフィッシングが難しく面白い。
解ってしまうと特別難しい事はないのですが、初めのうちはただ難しく思ってしまう。フライフィッシングは毛針を使い魚を騙して釣るため、釣り人は難しく考えてしまう。
例えば、魚が食い渋っているため「このフライでは食いつかないのではないか?」とか「鱒は繊細な神経をした魚だ」などと魚を難しく考えるため釣れない。

鱒といえど魚でありそこに魚が居れば餌を食うものである。ただ釣り人が魚の居ないところに餌を流している場合が多い。
それとも魚に見えるようなところに立って釣りをする為に魚が怯えて食わない事もある。そこに魚がいるのが見えている場合が有るが魚からも釣り人が見えるのである。

何故川の鱒釣りが楽しいか?というとフライを投げる楽しみがある。フライフィッシングは竿とフライラインで軽いフライを投げて魚が潜んでいると思われる所にフライを流し込む。鱒という魚は怯えやすいのだが、川と言う限られた場所に生息しているために上空からは鳥に襲われ、川の中では大きい魚に襲われ、釣り人に襲われるため、自然に驚きやすくなってしまうだけである。

同じ川でも大物は昼間は深みに隠れており夜になるとエサを捜し求めるが、昼間は餌を食わないか?と言うとチャンと食べている。深みに居ながら餌が流れてくるようなところに陣取って動かずに餌が食べれるように、まるで寝たっきり老人のように餌を食べている。だからよほど口元に餌となるフライを流してやらないと食わないので一見大物を釣るのが難しく思うのである。

そんな鱒の習性さえ一旦わかってしまえば後はフライを口元に投げれればもう面白いように鱒は釣れ出す。ここまでになるには釣りたい気持ちを抑え正確にフライを投げれるようになる事と魚の習性を知る事である。
鱒と言えども産卵期には総てを投げ売っても種族保存のために努力する為、余り餌を食わなくなるが、鮭のようにまったく食わないわけではなく必要最低限の餌は食べるため釣り人が鱒の口元にそっと餌を流せばそれを銜え込む。その瞬間釣り人は合わせる。

鱒は(鱒だけではなく多くの魚は毎年川の形相が変らない限り同じところに居るものであるため、一旦その川の形相がわかれば毎年同じ魚ではないが魚はそこに居りいつでも釣れる。そこでその川を知る必要が有る。大概は川の流れがあるところで、流れが余り強くなく深みになっている所や、隠れ家となる物が存在する形相のところに魚は居るものである。釣り人は慣れないと川の何処を見ても同じ様に見えるため、この川を知る事を釣り言葉で川を読むと言う。

鱒は産卵時期には底で休んでおり休んでは上流に上がって行き手ごろな小石があるところに行き着くとオスが産卵床を堀りメスを待つ。やがてその場所にメスがやって来て産卵するとオスがその上にファーテライジング(白子を撒く)をする。そしてオスが産卵床を守りやがてハッチした鱒の子どもが小石の周りにつく川虫などを食べて大きくなり、一定の大きさになると小魚も食べて大きくなって行く。

こんなサイクルで鱒は暮らしているため、毎年同じところに行くと鱒釣りが出来る。
以前我々は犬を飼っており、主人の私が釣り好きなので犬を釣れて釣り場に良く通ったものです。主人が釣りをしている間犬自身は相手にしてもらえずに荷物のそばにうずくまり寝たふりをしており、早くご主人の釣りが終わらないかな~と待っている。

女房が退屈そうな犬に主人が魚を釣るたびに「ほら釣れた、ほら釣れた」と犬に吠えさすことを教えたのです。退屈で退屈で寝転んでいた犬が釣りの面白さを覚えてそれ以来主人が川の上流にフライを投げ、浮きが川をゆっくり流れ去る動きを見詰めている。犬の神経集中力は凄く浮きが少しでもおかしな動きをすると「ワン」と吠え瞬間立ち上がる。
釣り人の私はその瞬間合わせを食らわすのだが、鱒が餌のフライを銜えてから川面に流れる浮きが反応するまでには僅かでは有るが少しの時間がある。

本来は浮きが少しでもおかしな動きがすると合わせなければ行けない。その瞬間が早いほうが良いのである、遅いと鱒は口から疑似餌を吐き出してしまう。
その瞬間が犬の方が早いのである「ワン」と先に吠えられてしまう。
釣り人の人間は時々頭で雑念が浮かび集中心が揺らぐため、犬の方が何時も早い。しかし時には犬も間違える時があり川底に釣り針が引っ掛かり浮きが沈んでも犬は「ソラ~釣れたとワン」と吠え、私が「今のは 根掛かりだ」と犬に言うと犬は恥ずかしそうに頭を傾げまた座ってしまう。

鱒が釣れると犬は釣れた釣れたと座っていたところから立ち上がり駆けてくる。そしてワンワンと吠える。あまり釣れる度に犬が吠えるのであの場所は魚が釣れると他の釣り人が大勢やって来て、我々の秘密の釣り場が乗っ取られてしまった。それ以来犬には釣れても吠えさせないことにして犬は又主人の釣りが終わるのをうずくまって待っていることになった。

釣り人の間では犬が吠える時はそれが釣れている場所であるという意味である。犬も釣り人も自分の釣り場をなくしたくなければ釣れた話をしないことである。

Saturday, October 20, 2007

 

フード、シェルター、SEX

フード、シェルター、SEX

ニュージーランドはただ今レーバーデーの連休中です。行楽地は賑わっていますが例によって強風が吹き荒れております。
毎回春風と書いているのですが、この「春風」イメージが冬の寒さを終え暖かな気持ちの良い風がほほを撫ぜるようなイメージがしますが、ニュージーランドの春風はチョッと違います。突風です。その辺にあるものを総て吹き飛ばすような強風が吹くのです。

今の時期、雨の日か又は晴れると突風が吹き荒れているのです。この突風の中で工場も無いのにカタマランを造ろうというのですから大変です。
どうして造れば良いのか悩む日々ですが、突然風が止むと世の中が変ったように平和になるのが不思議です。突風で総てが吹き飛ばされすっきりとしたとでも言うのか?幸せを感じるのです。しかしこれもほんの少しの間だけで、風が止むと雨降りとなり思うように仕事がはかどらずに居ます。
先日は丘の上で作った2本のマストを雨の中ロープを使って雨と合羽のせいで滑りながらも2人で下まで降ろすことに成功したのです。

こんな日々が続く中、皆様からブログにコメントを頂き、まるで強風に悩み頭のどこかに丸く毛が抜け落ちたところを鏡で眺めるような気持ちです。「励み」に成ります。大変有難うございます。これからももっと何でも良いのでコメントを下さい。
コメントの中にカタマラン造りを挫折したとか有りましたが、挫折する方がキット正しいのではないか?と思うのです。カタマラン造りを始めて分かる事ですが実際大変です。
挫折した方はキット真面目な方だと思うのです。カタマランを完成することを考えすぎるのでプレッシャーが多く造れなくなってしまうのではないか?と思います。

私の場合、毎朝天候に合わせて「今日は何が出来るだろう」とベットの中で考えるのです。実際に仕事が多くて簡単には完成するものでは有りませんので、毎日少しずつ何かを造りだし「今日はこれが出来た」と満足感に浸っていると言った所ですが、あくまで天候次第ですので悩んではいますが未だ「十円ぱげ」は出来ていません。

カタマランを造ってゆく上で皆様からのコメントやアイデアは大変心の支えと成りますのでこれからも書いてもらいたいと我々夫婦は願っています。
物事何をやるにも気力と言うのが大事だと思います「豚もおだてると木に登る」様に、私もおだてられてカタマランを造って行く気力としようと思っています。
誰でも年とともに少しずつ気力が萎えて来て、「これでいいや~」と成ってゆく恐れがありますので、皆さんの励みが毎日のカタマラン造りの燃料となると思っているのです。

それとカタマランを造って行く上で仲間作りも私が考えている課題の一つです。ヨット乗りは変った人が多いと言われるのですが、確かにエンジンで走れば簡単に行けるのに風を利用して苦労をする、おまけに高い金を払っている。これでは変人と言われても仕方がないのですが、生物が生きてゆくうえで必要となるフード、シェルター、SEXが最低限満たされゆとりが出来た時、多くの仲間が集まれば、何かが始まるし、何かが出来るのではないか?と思うのです。

釣りの好きな私は魚を釣るときにはこのフード、シェルター、SEXを考えて、魚が何処で、どんなエサを求め、今は産卵時期かどうか?などを考えて釣り場を探し釣りをする。
したがって我々人間は、フード、シェルター、SEXだけで生きているのでは高等動物とは呼んでもらえないのではないのか?と自分に問いかけるのです。
そこでただ今カタマランなどを造っていますが、この機会を利用しながら人と人の繋がりを増やしてゆくことが出来ないか?と考えているのです。

確かに各自が各自の生活があり、私自身も人様とのスムーズな付き合い方は不得意ですが、そこを調整しながら余ったお互いの時間内でお友達ができないものか?と考えるのです。
年をとってくるとやりたいことが多くあるのに実際には行動力がなくなり出来なくなってきますし、経済的にも制約があります。そこで仲間が多く集まると一人ではできないことでもキット可能にすることが出来るのではないか?と思うのです。

こんな事を言うと又女房に叱られるのですが、私は黙っていればいいのに口裏を合わせることが苦手な性格なので、つい本当の事を言ってしまうため日本風な付き合いが苦手になっているのです。
そのため今は日本から追い出されて地球の反対側ニュージーランドの片隅でほそぼそと暮らしています。

しかし、グローバルな時代となり世の中は変ってきました。こうしてコンピューターで瞬時に見知らぬ人と話ができ、世界中の人と知り合いに成れる時代になったのです。
これを利用して何とか仲間作りができないものか?と考えるのです。
確かに人付き合いは難しく、時にはわずらわしいものですが、それを乗り越えてお互いにより多くの喜びや可能性を持てるのではないか?と思うのです。

そこで何かを始めるという意味で「ニュージーランドより小さな贈り物」と言うのを始めてみました。
Yahoo Blogs の検索より「ニュージーランドより小さな贈物」を検索してください。又はhttp://blogs.yahoo.co.jp/yoshi46catamaran/5213974html/ 良かったら見てください。

我々もニュージーランドから何か変った物を日本の仲間に送ろうではないか?と考えたのです。「どんなものがいいのか?」「羊の糞」などいいのではないか?
綺麗な贈物のように包装して仲間に送る。日本の人がこれを手に取りこれはいったいなんだ?と考える。ニュージーランドから送ってくるのだからキット大変珍しいものだ。
食い物かな~ チョッと舐めてみよう。キット黒真珠かも知れないぞ。これは鼻くそを丸めたものではないか?、こんなに鼻くそが多く取れるわけがないと真剣に考える。ナドナド~と考えて頭を悩ます。

そのうちこれは「羊の糞」ではないか?と感づく、「チキショウこんな物を贈ってキヤガッテ」「クソ~」と腹を立てる人も居るが、これは面白いと喜ぶ人もいる。
こんなゆとりの遊びに使う時間がお互いにできないものかナ~と考えるのです。

Friday, October 12, 2007

 

小さなひらめきが大きなカタマランになって行く

小さなひらめきが大きなカタマランになって行く

女房が余り大きな字で書くとバカに見えるというので今回から少し小さく書いてみました。
本当はバカだから仕方が無いのにそこは見栄を張って、じゃ賢く見えるようにしようと思ったのです。どうです少しは賢く見えますか?。

ところで、ここニュージーランドは南半球のためか?春の方が天気の移り変わりが烈しく、「男心と春の空」のような日々が続いています。この中でカタマランを造ってゆかなければならないため、昨日は窓から小雨の中の造り掛けのカタマランを眺め、どうしてあのカタマランを動かしてゆこうか?と二人で悩んでいたところ、十五島サンからのヒントがブログに届いておりました。これは良いアイデアだと早速試して見ようと考えています。

我々も丁度、材料を輸入した時にコンテナーの中に付いてきたパレットを柔らかい埋立地に敷き、その上に柱を立て、その柱を3本組み立て、それに滑車をぶら下げて船体を動かそうと思いついたところだったのです。
私が考えるカタマラン造りはこんなアイデアを沢山使い造り上げたいと願っているのです。
確かにクレーンを頼み船体を動かせばいいのですが、毎回経費が掛かるのでそのうち破産と言う羽目になり、カタマラン造りを諦めなければ行けない事になりかねないので、自分達の持ち駒で何とか完成すると言う事も我々に与えられた課題のひとつでもあります。

実際にニュージーランドではヨット造りをする人が多くおりますが、希望や期待が多くなり金銭的に予算オーバーとなり途中で諦めざるを得ない人を多く見受けます。
私の考えるヨット造りはこのようにならずに、新しく自分が考える、希望する、ヨットを造ってみたいため、最終的には完成させるのですが、小さなひらめきを加えながら、考え出して行き、造る苦しみ(変態趣味)、喜び、満足感、自信、ナドナドを味わいながら造ってゆくのが目的です。

それに今の時代淋しい孤立しがちな世の中ですので、出来れば多くの変った個性のある人達との交流を深めながら、このカタマランが完成すれば良いのにな~と願っているのです。
なぜ真面目な人でなく個性的な変った人を求めているかと言いますと、だんだん歳を取って来たので肩が凝りやすく堅物は困るのです。

私も今年で60歳に成りますがこれからの老後をどう暮らしてゆくか?と言う課題にぶつかっており、カタマラン造りは良い老後の一時を過すと信じております。
そのためにもカタマラン造りは小さなヒントを出し合い、考え出し、予算内で造ってゆくのが大事だと思うのです。
余り早く完成してもその後の老後のもてあました時間をどうして過せばいいのか戸惑ってしまう為、頭の運動を兼ね造ってゆこうと考えております。
しかし、あまり長くなると死んでしまうかも知れないから適当な期間で完成させようと思っています。

昨日も目の検査に行った帰り道、マリーナーに寄ってマネージャーと将来カタマランを停泊させるマリーナーバースの確保を話し合ってきたところです。
2年前からバースの確保を頼んでいるのですが、未だ順番待ちの一番最後に名前を連ねていると言うところです。
我々のマリーナーはメンバーが集まって運営されておりニュージーランドでも一番安いマリーナーではないか?と思うのです。
だからマリーナーバースを買いたい人が多く今300人がデポジットを納めて順番待ちをしています。

我々は約20年前からメンバーになっていますので、カタマランが完成したら何とかバースを都合してもらおうと思っていますが、メンバー以外の人はバースの確保は不可能に近い状態です。
何でこんな事を書いているか?と言いますと、今我々のヨットに興味がある人達が3組ぐらいコンタクトをして来ています。もしヨットを買うとして買ったら今度は置くところをどうするか?と言う問題にぶつかりますので、バース付きで売ってくれと言う人が多く困っているのです。

近くに民間のマリーナーが有るのですが、値段が高く我々のマリーナーの3倍ぐらいするのです。カタマランが完成したら必要となるマリーナーバースは1300万円ぐらいするためとても買えません。
今ニュージーランドの海沿いの土地は1億以上しますから、この土地に別荘を建てようとするとかなりの金が必要となってきます。(高くて計算が出来ない)
そこでマリーナーに船を置き別荘として使うとかなり安くなるのです。

少し考え方を替えると、マリーナーは有意義に使えるため需要が多く、マリナーバース付きでヨットを売ると直ぐに売れますが、買った人はヨットを直ぐに安く叩き売り自分の好みの船に置き換えるのです。
今日も我々のヨットを欲しいというバイヤーとこの話しをすることになっているのです。
サア~どうなってゆくのでしょうか?楽しみですね~

皆様もネット上でも構いませんので何か良いアイデアがありましたら教えてくださいね。
しかし「船頭多くして船山に登る」といいますのであくまでも船頭は私ということにしてくださいネ。

写真は http://blogs.yahoo.co.jp/tsuyako124/51847702.htm/

Saturday, October 06, 2007

 

ブレーキングポイント

ブレーキングポイント

約2ヶ月ぐらい掛かっていたマストがほぼ完成しました。
冬から初春にかけて天候と気温の関係上何か出来る事がないかと考え、船体も出来ないうちからマストを造り始めやっと完成します。
レジンはエポキシを使っているので気温変化に対して敏感に反応するため、前にも書きましたが日中最低15度まで上がらないと上手く硬化しないのです。

硬化剤には冬用と夏用その中間が有りますが、それらを上手く使いこなし気温が低い時や高い時に応じて作業を進めます。
天気の良い日屋外で作業をしていますと急激に温度が上がったり、太陽が陰り気温が落ちたりと屋外の作業は難しいのですが
作業小屋を持たない我々は「自然と共に過す」と、ブログの題名どおり自然の顔色を見ながら作業を進めるので時間的には何時出来上がるのか?分からないというのが本当のところです。

冬の間小さなパーツ(6メーター)ぐらいまではガレージで造る事が出来たのですが、だんだん作業が大きくなってくると野外で造るしかなくなってくる。
それに加えて我々夫婦二人で持ち運べる重さという条件が追加される。
マストの場合一本約80キロ位ですので何とか動かす事が出来、転がす事が出来るのですが、この辺が限界でしょう。

この後、冬の間ビニールシートをかぶせ放って置いた船体造りに立ち向かいます。
今船体の重さは約450キロと予想します。これを夫婦二人でどうして右に左に、上下に動かしながら船内にグラスを張ろうか?と思うのが今の課題です。
この船体が二つ並びカタマランとなってゆくのですが、作業スペースが限られている事や半分埋立地でもあり地盤が軟らかい事が問題で、
風避けの柱が立てられずに困っており、この柱を立てることができれば柱を使って滑車を使えるのだがと羨ましく思うけどこれもだめ。

まったくこれもだめ、あれもだめ、と制約は一杯ありますが、そこは趣味の世界、何とかこの条件の悪さを乗り越えてカタマランを造ろうと考え頭を悩ましているところです。
口ではそう言っても気分的には逃げ出したく成る気持ちを天候のせいにし、これ幸いにと船体造りを冬の間放って置いたのですが、春になって気温が上がってくるとこれ以上自分を誤魔化すことが出来ずに、重い腰を上げなければいけないとやる気になっているのです。が、春は強風の季節でもあり、又この強風と戦いながら船体造りをやらなければいけないと頭を悩ましている毎日です。

昨年の春はエルニーニョだったので西風が多く何度も簡易作業小屋を壊され、造っては壊され、立て直しては壊され散々な目にあいました、おまけに出来上がった船体まで倒されてしまい未だその修理もしていないと言うところです。
でもこの嵐の中で船体が叩きのめされる事を見詰めておりますと、これは良い強度の実験となるのではないか?と考えております。

船体の何処が弱いのか?この嵐によって船体の疲労はどうなるのか?などなど空洞実験していると、考え方を替えると嵐も見方になってしまうのです。
こんな強がりを言いながら嵐の通り過ぎるのを待っていますが、意外と被害が少ないのを発見して内心喜んでいるのです。

一旦海に浮かせるとこんな嵐でも簡単には沈まない事が必要になってくる。おまけに波がぶつかり船体にどのような打撃を与えるのか?
これはその時、その時により条件が異なり計算では出ないものです。それが証拠にアメリカスカップのヨットでも船体が半分に割れてしまう事実があります。
大金を使い専門家?がコンピューターで計算して、カーボンをふんだんに使って造っても天気の良い日に船体が半分に割れてしまう。

こんな事を思うと野外の空洞実験は意外と将来フィードバックするのではないか?と自分を慰めております。
ところで誰か?ボランティヤーとなる奇特な人はいませんか?
この船体の内側にグラスを貼りガレージで造った床、窓枠、屋根、を組むと雨や風に少し強くなるので、ここがカタマラン造りのブレーキングポイントと成ると思っています。

ここまでをこの夏の間に出来上げれば、後は天気の良い日にボチボチやれば良いと考えているのです。

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